Alchemy of Aromas 天然植物、化学、創造性のタッグ
FUEGUIA 1833
Beauty
2010年、ブエノスアイレスでジュリアン・ベデルによって創業されたフレグランスブランド「フエギア 1833」。ブランド名はアルゼンチン・フエゴ諸島の先住民でイギリスに連れられた少女フエギア・バスケットの名にちなんでおり、数字は彼女が博物学者チャールズ・ダーウィンと同じ船で故郷に戻った年代を示している。そしてそんなストーリーは、このブランドが創業者の祖国アルゼンチンのパタゴニアの自然を創造の原点としつつ、欧州とつながっていることも暗喩する。
フエギア 1833を語る上で、ジュリアン・ベデルという男を避けて通るわけにはいかない。なぜなら彼の存在自体が同社の製品を物語っているからだ。元々アーティストだった彼は、自分が創る香りを「単なるパフュームではなく、絵や音楽と同様の“クリエーション”」と呼ぶ。そして「表現方法として、絵や音楽より香りのほうが強いメッセージを届けることができる」と確信を得たことがブランドをスタートさせるきっかけとなったという。
「そもそも香りを体験型のアートインスタレーションとして提案したのが始まりで、香水を販売しようという商業的な目的はありませんでした。でも人々の香りへのリアクションはとても興味深く、反響もあったので本格的に取り組んでみようと。加えて香りには、同じものでもつける人や、環境によっても違いがあり、すべての要素が影響する面白みがあります」
創業者かつオーナー、そして調香師でもあるジュリアン。本人の右に飾られているギターは、アーティストかつミュージシャンであり、弦楽器製作家でもある彼が創った作品。
ちなみにフエギア1833では、店のことを“ギャラリー”と呼ぶ。お客様が香りを試すことに集中できるように店内の照明を暗めに設定するのもアートインスタレーションの名残なのかもしれない。GINZA SIX店も連なる回廊のようなファサードで覆うことで、中に入って香りを試してみたいという興味を誘うようなつくりになっている。
ミラノの中心地にある本店。円形状に6つのカテゴリー別に香りが並ぶ。
6年前からラボを移したミラノを拠点とするそんなジュリアンの創作の源になっているのが、故郷アルゼンチンのパタゴニアの大自然で育つ、本来は薬草として使われていた天然植物たちだ。そのリサーチはさらに世界中の植物へと広がる。香りの中には100種類以上の原料を使うものもあり、さらにそれを分子レベルでミックス。そんな工程は、まるで科学実験のようだ。
ミラノ本店のBGMはLP盤プレーヤーが奏でる。なお、同モデルはGINZA SIX店にも設置。
「ですから、ロックダウン中も私にとっては何の生活の変化もなかったんです(笑)。一人ラボで実験やリサーチを続けたり、農園に行ったりと、日々接するのは植物だけでしたから。籠りきりでもアイデアが枯渇することもなかったですね。私にとってクリエーションとは、いきなり得た大きなアイデアから急に何かを創るわけではなく、小さなインスピレーションをたくさん備蓄し、それらがつながり合ってかたちになるものなのです。その点では絵や音楽と同じですね。そしてこのような芸術的、または感情的な部分と、テクノロジーを駆使した地道な実験がコネクトするところから、私の香りが生まれるのだと思います」
天然植物から抽出したエッセンシャルオイルたち。原料へのこだわりは強く、自社の植物園を設立して南米原産の植物栽培もしているほど。
一方で、人々は外出を控え、生活上必要な物だけに重要性が置かれるコロナ禍において、フレグランスへの興味は低いと思われがちだが、それに関しても彼は少し違った考えをもつ。
「第一に植物が与えてくれるパワー、自然の存在自体が素晴らしいものなのです。そして人々はどんな状況下でも、自然の力を必要としている。そこに私が手を加えることで、何かすごいものが生まれるわけではありません」
そんな自然への畏敬もあって、彼は地球環境への大きな配慮を図っている。例えば自身が立ち上げたNPO「ヘルプ アルゼンチン」を通して地球にダメージを与えない方法で自然原料の栽培や収穫を行い、外箱には倒木を再利用。またフレグランスには生分解性がある植物性原料のみを使用する、など。
「そういう意味では私の香水は、日本人の香りに対する考え方に近いかもしれませんね。欧米では香水は自分のアイデンティティを示すものですが、太古から豊かな四季と対話してきた日本人は自分自身を自然と心地よくしてくれる香りを、その時の気分次第で選んでつける。だから一人の人がいくつもの香水を持っていて、例えば違う夢を見るために、毎晩違う香りをつける人もいる。こういう時代だからこそ、まさにそんなふうに香りで幸せな気分になれるような使い方をしてほしいと思います。何かの目的や自分をアピールするためではなく、ね」
ジュリアン・ベデルのネタ帳。浮かんだアイデアやスタッフとの打ち合わせした内容をこれにメモしている。ちなみにこのメモ帳はGINZA SIXにも程近いITOYAで購入した「MIDORI」のもの。
来日20回以上を誇る
私的体験からの新香水
そんな日本人へのジュリアンの鋭い洞察力が反映されているのが、9月中旬に発売される日本限定の新フレグランス“ダマ デ ノーチェ”だ。これは夕方から夜に咲き、決まった時間にだけ強い香りを放つ月下美人の花をベースにしている。日中は香りを放たないため、夜しか香りを抽出することができない作業はとても難しい。が、テクノロジーの力で香りの分子を真空状態でカートリッジ状のものに取り込み、完成に導いた。
「そんな月下美人の花のように、昼はとても静かなのに、夜は全く別人のようにもなる様子は、かつての日本人のガールフレンドたちに重なるんです(笑)。彼女たちは朝が来ると同時におしとやかな人に戻ってしまう。そんなパーソナルなコンセプトの香りがあってもいいかなと」
そうしたコメントは陽気で情熱的な南米気質のなせる業でもあり、2014年以来、年に3~4回のペースで22回も来日しているというジュリアンだからこそ。とにかく日本が、そして東京が大好きだという彼は、これまでの来日の際にもよく訪れ、好きな街でもある銀座に店をオープンできたことをとてもよろこんでいる。
「GINZA SIXはどこかあたたかい雰囲気があって、食をはじめ他のフロアも素晴らしい。あらゆるお客様にも来ていただきたいし、自分も早く訪れて日本の皆さんにお会いしたいです」
さらに将来的にはコスメティックの開発も考えているというジュリアン。フエギア1833が持っているテクノロジーを駆使すれば、一つの原料から香りの成分とコスメティックの成分の両方を抽出することは可能であり、研究を続けている。ジュリアンの限りない創造性から生まれる新たなステージが、今から待ち遠しい。
月下美人の甘く上品な香りから創られた日本限定発売の“ダマ デ ノーチェ”。右から¥44,000 (100ml)・¥22,000円(30ml)・¥39,600(プーラ エッセンシア8ml) ※すべて9月中旬発売予定/フエギア1833(3F)
Interview with Julian Bedel
Owner
Text: Miki Tanaka Photos: Tomoyuki Tsuruta Editing Direction: Yuka Okada(81)